大分県史近世編
画面左側に唐人町とある。
さて『桜翁雑録』には、唐人と高麗人を書き分けている。高麗人 善右衛門とか、高麗人 小右衛門とか。
従って、中国人が先に定着し、文禄・慶長の役以降に朝鮮人が定住したとわかる。
小林謙一 2002「韓半島出土の倭系甲冑」『古代東アジアにおける倭と加耶の交流』
日本列島における重装騎兵装備の出現 は、早くても 5世紀後半だという。桂甲が日本列島の広範囲に普及している状況を 考慮すれば、新たに導入された騎兵装備には、重装騎兵が含まれていた