JSPS科研費補助事業成果公開国際シンポジウム
「人口減少時代における高等教育の再構築」 2026.7.30
「大学減少は日本社会を どう変えていくのか? ~「定員の適正化」と「質保証」を考える」~ 関西国際大学 学長 濱名 篤
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冒頭から厳しく評価したくないが、本資料は「大学政策の問題点を挙げる発表」としては有益ですが、「どの大学を、なぜ、どれだけ公費で支えるべきか」を説得する実証的議論としては不十分である。政策に明確な基準を求めながら、著者自身の提案にも判断基準が欠けている点が、最大の弱点だからである。確かに、本発表は学術論文ではなく、濱名篤氏の2026年7月30日の講演資料である。以下では、口頭説明で補われた可能性を留保し、資料に示された主張と根拠を批評したい。ページはPDFのページ番号。
1.「地方の教育機会を守る」と「既存の地方大学を守る」が十分に区別されていない
9頁では、地域に大学を残すこと自体の価値を強調し、28頁では地方私大の持続可能性に向けた施策を提示している。しかしながら、守るべき教育機会と、それを提供する現在の大学法人は同じものではないことに留意していない。検証すべきなのは、大学存続への補助が、学生への生活費・移動費支援、他大学の拠点設置、共同教育、オンライン教育などより効果的かどうかである。例えば、大学が残っても授業料が高く、教育内容が乏しく、卒業後の選択肢が狭ければ、学生の利益を守ったことにはならないからである。
なるほど、22頁で「地域アクセスの維持」と「単なる経営救済」を区別すべきだと述べている点は適切である。ただし、その区別を自らの存続支援論に適用した分析が見当たらないので、その妥当性を検証できない。この点を欠くならば、大学の存続を願い大学学長からの、公共性を根拠にした大学経営支援要請という批判を免れないだろう。
2.首都圏集中の数字から、定員規制の正当性へ飛躍している
11頁では、人口比率と大学生比率の差を日本・韓国・台湾で比較し、日本の集中構造の特異性を論じている。しかし、この比較にしても、少なくとも次の確認手続きを必要とする。
- 首都圏の地理的範囲、集計年、対象学生が各国でそろっているか。
- 総人口ではなく、大学進学年齢人口を基準にするとどうなるか。
- 大学院・研究機能や、地域を越えて学生を集める大学の役割をどう扱うか。
人口比率と学生比率が一致することを、望ましい状態とする根拠も示されていないのは、濱名発表の欠陥の一つである。
さらに、学生が首都圏に多いという事実だけでは、大学集中が人口減少を引き起こすことも、定員抑制が地方定着を増やすことも証明できない事実に、目を向けていない。雇用や所得、住宅事情などが、進学移動と人口動態の双方を左右している多様な可能性を想定していないからである。
この資料の比較は政策上の問いを立てる材料にはなるものの、大学規制継続の効果を示す証拠にはなっていないと言っても、過言ではないだろう。
3.自大学の評価では、批判しているはずの「尺度の曖昧さ」を許している
13頁では、教育の質を測る指標や方法の不明確さを批判している一方、16〜17頁では、自大学の全国学生調査の好成績を掲げ、教育・学修支援の充実が成果として表れたと説明する。
ここは本資料で最も厳しく問うべき箇所です。
学生の成長実感は重要ですが、実際の能力向上や、その大学の教育による効果とは区別が必要である。入学時の能力、回答者の偏り、回答率、分野構成、学生の期待水準などを検討しなければ、大学間の教育効果は簡単に比較できないからである。また、ポジティブリストへの登場数は、大学全体の教育の質と同義ではない。学部数や対象分野、掲載機会の違いも確認してこそ、初めてその指摘に至る手順を忘れている。
したがって、16頁の「最大の理由」を教育支援の充実に求める説明は、提示されたデータからは因果的に裏づけられておらず、それで説得できるとすれば、データ分析に暗い方であるに違いない。他者の評価指標には厳格さを要求し、自大学の成果説明では検証が緩くなるという非対称性を認めなくてはならない。 これは教育実践そのものを否定する批判ではなく、成果の証明方法への学問的批判であると考えていただけると幸いである。
4.政策文書への批判が、具体的な文言分析として詰められていない
3頁や13頁では、政策側の基準や「質」の定義の不明確さを指摘する。しかし、資料自身が4頁に転載した答申概要には、質・規模・アクセスという目的と、学生、研究、地域社会などの観点として記されている。これらが実務上十分かどうかは批判できるものの、ただし、
「理念が定義されていない」のか、
「測定できる指標に落とせていない」のか、
「資源配分の判断基準がない」のか、
は別の問題だとも、濱名氏は熟慮すべきではないだろうか。資料はこの区別が粗く、批判対象を必要以上に曖昧なものとして描いていることも、残念である。
24頁の「実質的な審議結果は、規模抑制と質的選別の方向」という解釈も、根拠となる文言や審議過程の提示を必要とするはずである。実際の答申には、留学モビリティの拡大や国際化を推進する記述も見受けられる。その記述との関係を説明しないと、読み方が一面的論証力を強めるのではなく、逆に弱まる効果にもなる。
5.留学生政策では、人数の議論と教育目的の議論がつながっていない
23頁で、在留資格「留学」の人数と大学・大学院の在籍者数を区別する着眼は妥当である。大学学部87,421人、大学院58,215人という数値も、JASSOの2024年度公表値と一致するが、ここから「学位取得型は約14.6万人」とするには注意を求めなくてはならない。在学段階の集計だけで、学位取得を目的とする学生を厳密に抽出したとは言い切れないからである。また、「40万人目標を達成した」という判定にも、政府目標と引用統計の対象・基準日が一致するかの確認を要するだろう。
より根本的な問いとして、留学生比率がOECD平均より低いことだけでは、増員の必要性は証明できないはずである。教育、研究、国際交流、労働力確保、定員補充では、目的も評価基準も違う。
25〜26頁で支援体制の重要性を挙げている。しかしながら追加受入れに必要な費用と人員、その負担主体、教育成果の検証まで示さなくては、濱名提言は意味を持たないだろう。留学生を学修者として扱う議論と、大学の新たな需要として扱う議論の緊張が、十分に整理されていないからである。
6.提案に費用・優先順位・撤退条件がない
統合支援、評価の改善、留学生支援、社会人教育、産官学連携、省庁横断政策。どれも検討に値する。しかし、文部科学省などの関係機関にしても、政府財源と人員が限られる中で、何を優先し、何を削るのかが示されていない。大学の学長として、長年、大学運営に携わってきた方であれば、そのメリハリのある施策にご苦労なっ去ったことと拝察するからである。
例えば、機能別評価を導入しても、各大学が都合のよい機能を掲げれば、比較も撤退判断も難しくなります。最低限満たすべき教育水準、改善期限、支援終了条件が必要である。
「多様な大学が必要」という主張だけでは、その主張の対極にある「どの大学への支援は終了すべきか」に答えられないはずである。 政策提言としての厳しさは、この不都合な問いに答えられるかで決まるからである
7.基礎的な記載の不整合が、議論の信頼性を下げている
不注意な記載も散見する。
- 「知の総和」答申を3頁では2024年、23頁では2022年としているが、31頁の参考資料と公式発表では2025年2月21日。
- 20頁の「大学合併は9件」に対し、内訳は「国立1、公立1、私立9」で、単純合計は11件。件数と対象大学数などの違いなら、その説明が必要である。
- 19頁の廃止83機関という集計も、集計表や分類規則がなく、独立した廃校と統合に伴う形式的廃止をどう区別したか追跡できない。
これだけで主張全体の価値を減殺するわけではないことも事実である。ただし、政策側に明確な尺度と根拠を要求する発表としては、見過ごせない弱点となっている。
まとめに代えて、私の総評は、「問題提起には価値があるが、地方私大への支援を正当化するための比較検証が足りない」だと回答したい。大学政策を地域・労働・社会政策と結びつける視点や、学生を保護しながら退出を支える提案は評価できるものの、一方で、その意義を認めても、既存大学の存続が最善であるという結論までは導けないと考える。
著者に一つだけ厳しい質問をするなら、こうです。
「地域と学生の利益を基準にしたとき、貴学を含め、支援継続より縮小・撤退が望ましいと判断する条件は何ですか。その条件を、測定可能な形で示せますか。」
この問いへの回答がなければ、本資料は公共政策の分析としてよりも、地方私大の立場からの政策要望として読むのが妥当だと評価せざるを得ないからである。