2026年6月14日日曜日

古代漢字音「家」

 『倭名類聚抄』

6・国郡部第12・駿河国第79・駿河郡・20丁表3行目                           古家[布留以倍

6・国郡部第12・武蔵国第83・比企郡・25丁表2行目                           都家[都

8・国郡部第12・備前国第113・児島郡・15丁表5行目                         三家[美也

9・国郡部第12・淡路国第120・津名郡[豆奈]・3丁表1行目                             郡家[久宇


2026年6月13日土曜日

「大家」は?

 (武蔵国入間郡大家郷)

(上野国多胡郡大家郷)

(越後国古志郡大家郷)

(石見国迩摩郡大家郷)

(備後国安那郡大家郷)

(豊前国下毛郡大家郷)

(薩摩国出水大家郷

古代において「羊」のつく名前




上野三碑の一つ 多胡碑(和銅4年=711) の碑文に、

「給羊以成多胡郡」(羊に給いて多胡郡と成せ)

とある。この」

「羊」が人名であるとは通説化している。 

ちなみに高崎市の説明によると、

多胡碑は、奈良時代初めの和銅[わどう]4(711)年に上野国の14番目の郡として、多胡郡が建郡されたことを記念して建てられた石碑です。

建郡に際しては、「羊[ひつじ]」という渡来人[とらいじん]とおもわれる人物が大きな役割を果たし、初代の郡長官になったようです。碑を建てたのも、この「羊」であると考えられ、碑の後段には当時の政府首脳の名を挙げて権威付けをはかっています。」https://www.city.takasaki.gunma.jp/site/cultural-assets/4463.html

ちなみに、高崎市による調査報告書は、https://www.city.takasaki.gunma.jp/uploaded/attachment/30366.pdfに見る。

さて、下記の木簡に見る「羊」を人名だと考えると、「羊」の2例目にあたる。当然ながら完文ではないので、それは推測でしかない。


 ■詳細

URLhttps://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/MK019196000038
木簡番号0
本文・豊前門司卅斤枚一・□部□〔羊ヵ〕三月功\○上□
寸法(mm)132
34
厚さ6
型式番号032
出典木研46-133頁-1-(4)(木研19-196頁-(38)・長登木簡展図録-140)
文字説明
形状
樹種ヒノキ属
木取り板目
遺跡名長登銅山跡
所在地山口県美祢郡美東町大字長登字大切、(現山口県美祢市美東町長登)
調査主体美東町教育委員会 (当時、現美祢市教育委員会)
発掘次数第Ⅲ期第1年次
遺構番号南北大溝②
地区名3C4TA
内容分類付札
国郡郷里豊前国豊前門司
人名□部(羊)
和暦3月
西暦3(月)
遺構の年代観
木簡説明銅付札木簡。「豊前門司」は銅の送り先(木研46)。
DOI
関連URL
画像利用条件

■研究文献情報

2026年6月10日水曜日

『新撰姓氏録』 諸蕃

 『新撰姓氏録』

諸蕃(渡来系 326氏)

 ├─ 百済系 104

 ├─ 高麗系 41

 ├─ 新羅系 9

 ├─ 任那系 9

 └─ 漢系 163  


諸蕃(渡来系 326氏) ├─ 百済系 104 ├─ 高麗系 41 ├─ 新羅系 9 ├─ 任那系 9 └─ 漢系 163