2024年12月18日水曜日

哀悼、Carter J. Eckert先生

  Carter J. Eckert先生逝去の報告に接した。

ハーバード大学で、そしてAASなどで貴重な教えを受けた。偉大な研究者の心からのご冥福をお祈りします。

. Eckert先生から教わったのは、通説や定説を疑い、新たな仮説を立てること。そしてevidenceで完璧なまでに論証すること。徹底的な資料調査と、思いもかけない分野から発見された資料によって、「どうだ」とダメ押しをされて、読むものはギューの音も言えないこと。その手法の素晴らしさに、先生の著書が上梓されるたびに感じた。


最後に私が特筆しておかなくてはならないのは、ハーバード韓国学の樹立を目指した気概である。多忙の中で、予算確保や後学への熱心な指導などである。

余人をもって代え難い研究者の逝去に、重ねて哀悼の意を表したい。

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Subject: [KS] Carter J. Eckert, 1945 


It is with deepest sadness that we announce<https://korea.fas.harvard.edu/news/carter-j-eckert-1945-2024> the passing of Carter J. Eckert<https://ealc.fas.harvard.edu/people/carter-eckert> (1945 - 2024), Yoon Se Young Professor of Korean History Emeritus at Harvard University.

2024年12月12日木曜日

「六反田豊」先生の「六反田」の由来

 教科書でもおなじみの日本古代の「条里制」を理解しなければ、「六反田」の語義は解しえない。

念のためにごく簡単に説明すれば、条理制とは土地表示システムであり、かつ課税管理システムである。1区画(1里=109.4m。高麗尺6尺=1歩、300歩=1里)四方に区画して、さらに東西南北に6区画を分ける仕組みである。その並べ方には千鳥式と平行式があったが、その説明はここでは割愛する。その二つの方式は各地の土地利用・地形に合わせて適用したので、一様ではない。

 さて、鹿児島県では六反田のほかに、例えば川内市の場合だけでも「六反畑」(平佐町)・「六反平」(宮崎町)・「六反堀」(宮崎町)などに見るように枚挙にいとまがない。同種の問題関心で探索を全国に拡大すると、「二反」・「三反」・「四反」・「五反」などもある。インターネット検索ではヒットするものの、管見に拠る限り、「八反」・「九反」を実際に見たことがないので、博雅の士のご教示を得たい。

さて、「六反田」先生の由来に戻ろう。上記したように、条里制の下、1からスタートしてその坪へと数え、それから36坪まで数字化されて土地は表示される。つまり六反田とは、その36坪を示す。

 したがって、六反田先生のご先祖の本貫がいずれにあるのかをお尋ねしないままであるが、その36坪の田を意味し、その表示田の持主もしくは借り主であったと仮説できる。

 なお、この「六反田」姓は圧倒的に鹿児島県に集中して存在する。その理由は後考を俟つ。




2024年12月11日水曜日

大野晋博士著作目録(未完)

 大野先生ご所蔵のA4判ノートに、ペン書き自筆で書かれた著作目録が残されていた。

生前に、私にそのノートのコピーを恵与してくださり、自らの学的トレース(昭和20年~昭和43年)をベンチマークせよというご命令であったと思うが、私の勘違いかもしれない。

大野先生の偉大な学問的業績の紹介は浅学菲才の小生にはいささか荷が重いが、近い将来に予定している「大野晋論の試み」の参考にも供したいと考えて、ここでご研究の一端を公開することは彼岸の彼方から先生も了となさり、先生の合言葉である「すすめ、進め、大野晋」とハッパをおかけになると信じる。(大野先生の評伝は、川村二郎著の名著『孤高 国語学者大野晋の生涯』2009年、280頁に詳しい)。

なお、本掲載にあたり、

①表記法はさまざまであったが、原文に忠実に再現した。

②漢数字は洋数字に変更した。


(1)昭和20年

◎3・4月合併号(国語と国文学)「万葉集巻第18の本文に就いて」


(2)昭和21年

◎2月号「文学」「うつせみの語義について」


(3)昭和22年

◎11月号(国語と国文学)「日本書紀の字音仮名に於ける清濁表記に就いて」(上)

◎10月号(解釈と鑑賞)「新刊紹介 時枝誠記博士『国語研究法』

(4)昭和23年

◎1月号(国語と国文学)「日本書紀の字音仮名に於ける清濁表記に就いて」(下)

◎6月号(余情第8集 佐々木信綱研究)「古典学の学問的基礎」

(5)昭和24年

◎10月号(国語と国文学)「柿本人麻呂訓詁新見」

(6)昭和25年

◎5月号(国語と国文学)「言語過程説に於ける詞・辞の分類について」

(7)昭和26年

◎大学院終了論文執筆

◎9月(国文学)「奈良朝語訓釈断片」

(国語学)「はじめて文法を教える時に」


(8)昭和27年

◎1月号(国語学)「古文を教える国語教師の対話」

◎2月号(教育) 「戦後の国語教育の検討」

大野先生の記述にある(教育)は「(『教育』 / 教育科学研究会 編 2 (2), 17-

22, 1952-02、東京 : 旬報社)だと推定して、補記する


◎4月号(万葉)「万葉集訓詁断片」

◎5月号(国語と国文学)「日本語と朝鮮語との語彙の比較についての小見」

◎8月(教育評論・日教組)「言語生活に必要な基礎的技能習得の実態とその対策」

◎12月号(文学)「仮名の発達と文学史との交渉




(9)昭和28年

◎6月10日「上代仮名遣の研究」岩波

◎6月号(国語と国文学)「日本の動詞の活用形の起源について」

◎金田一京助古希記念言語民俗論叢「『カラ』と『カラニ』の古い意味について」


(10)昭和29年

◎10月号(解釈と鑑賞)「日本語の黎明」

◎7月号(万葉12号)「奈良時代のヌとノの万葉仮名について」

◎8月号(言語生活)「語源を調べる」

◎8月(万葉集大成)「上代語の訓詁と上代特殊仮名遣」

◎(国語学9)「『上代仮名遣の研究』について」


(11)昭和30年

◎5月号(岩波図書)「日本語の古い辞書の話」

◎(国語学24)「基礎語彙に関する2、3の研究」


(12)昭和31年

◎3月号(文学)「レプチャ語とはどんな言葉か」

◎2月号(知性)「誤りと偽りの万葉集の謎」

◎4月号(文学)「万葉集開巻第1の歌」


(13)昭和32年

◎5月6日「日本古典文学大系万葉集(1)」

◎9月20日「日本語の起源」(岩波新書)

◎10月号(岩波図書)「日本語の起源 高津春繁氏」

◎4月号(岩波図書)「万葉ひとつの謎」


(14)昭和33年

◎10月号(岩波図書)「女らしいことば」

◎7月(筑摩現代国語学Ⅲ)「日本語の古さ」

◎10月号(近代文学No124)「日本語の起源」について


(15)昭和34年

◎9月5日「日本古典文学大系万葉集(2)」

◎2月号(岩波図書)「『日本語の系統』を読んで」

◎5月号(解釈と鑑賞)「万葉集研究の新しい方法と基準」「本文のきめ方」


(16)昭和35年

◎10月5日「日本古典文学大系万葉集(3)」

◎11月号(岩波図書)「ピラミッド型の教室」

◎10月(岩波古典大系月報)「日葡辞書のことなど」


(17)昭和36年

◎11月号(岩波図書)「ハワイの印象」

◎1月号(岩波図書)「私の読書法」

◎5月(岩波講座 教育7)「日本語の歴史的な根ーーぶんぽうきょういく私見」

◎5月(日本文化研究第9巻)「王朝文学と言語」

◎1月(日本文学協会・日本文学Vol10)「思想と文体」座談会


(18)昭和37年

◎5月7日「日本古典文学大系万葉集(4)」

◎7月号「優と艶と色好み」

◎6月号(法政、No121)「言語は文化とともにある」

◎1月号(世界)「新国語審議会の課題」

◎11月号(文学)新潮社(月報)「日本語の発音と詩歌」


(19)昭和38年

空白


(20)昭和39年

◎3月号(数学セミナー)「数学ではなく数学」

◎1月(筑摩国語通信)「日本最初の散文『源氏物語』」

◎1月(岩波講座日本歴史別巻2)「文字と言語」

◎2月号(言語生活)「いま、いちばん大事なこと」


(21)昭和40年

◎7月5日「日本古典文学大系日本書紀(下)」

◎國學院大學日本文化研究所紀要第17号「日本書紀の訓読について―日本書記私記の仮名遣の検討」

◎8月号「文学」「記紀の創世神話の構成」

◎4月号(国語と国文学)「国語史研究-上代・中古・中世」

◎2月号(筑摩国語通信)「日本のことばの理想の辞書」


(22)昭和41年

◎5月10日「日本語の年輪」(新潮文庫)刊


(23)昭和42年

◎3月31日「日本古典文学大系日本書紀(上)」

⇒解説・諸本・訓読及び訓読文、国語学的頭注」

◎12月号(文学)「日本人の思考と日本語」

◎7月号(文学)「記紀成立以前のこと」


(24)昭和43年

◎4月号(文学)「書評『時代別国語大辞典・上代篇』

◎5月号(万葉)「書評沢潟博士著『万葉集講義巻第18』

◎2月号(文学)「日本の思考と叙語様式」

◎5月15日「本居宣長全集第1巻」

◎7月15日「本居宣長全集第9巻」

◎11月25日「本居宣長全集第10巻」

◎「日本語を考える」(読売新聞社)


以下は、空白。

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なお、向後、勝手連ではあるものの、平成20年2008)7月14日のご逝去日までのご業績を補充・追加していきたい。