宝亀2年(771)以前には南武蔵地域には駅家は存在しなかった。『和名類 聚抄』高山寺本・東急本によると、高田郷・橘樹郷・御宅郷・県守郷とあり、また大東急本に駅家郷が加わり、さらに名古屋市博物館本(20巻本。 名古屋市博物館本は 標目のみの改編本)に余部郷も加わっている。したがって、大東急本は宝亀2年以降の情報を反映していると考えて不自然ではない。
なお、私は『倭名類聚抄』十巻本原撰説にたつ。