2022年3月21日月曜日

アフター・コロナ時代の大学教育

 

 アフター・コロナ時代の大学教育

松原孝俊(九州大学名誉教授)

 

 時は、2020年4月7日。その日、政府の緊急事態宣言を受けて、全国の大半の大学キャンパスは「ロックダウン」(学生・教職員入構禁止)化された。中国や欧米における先例を見すえて、間髪を入れずに文部科学省は大学にオンライン講義導入を要請した。外出自粛要請の下、大学もオンライン講義に見切り発車し、キャンパス内には一気にZoomなどのWeb会議システム用語が氾濫した。たとえ学生のインターネット環境が不十分で、教員がオンライン講義に一度も手を染めたことがなかったとしても、大学側は有無を言わせなかった。

5月の連休明けから、オンライン講義が本格化した結果、福岡市内の大学関係者は異口同音に「教育の質」が向上したと云う。理由を探ってみると、その一は「教室の王様が教員でなくなったこと」である。教室内での講義内容は密室化していたので、教員が遅刻しようとも、講義のレベルが低くても誰も口に出すことはなかった。確かにテレビを使った放送大学やインターネットを活用したMOOC(無料大規模公開オンライン講座)などの先駆もあったが、オンライン講義が一気に拡大したことにより各大学の教育内容は衆人環視下に置かれ、もはや手抜きも許されなかった。第三者評価も可能である。だからこそ教員たちは飽きられないために手作り感満載の動画やフリップなどを準備し、学生と大学に約束したシラバス通りの講義案作りに初めて熱中することとなった。その二は、学生のやる気が誘発されたことである。オンライン講義では、2次元モニター上に講義に参加した順に同一サイズの画像が並び、完全にフラットであり、しかも学生全員が最前列の席に座っていると同様である。それだけに、授業態度・やる気までも相互に凝視し視認し合っているので、勉強しているふりなどはできない。システムによっては、15分以上席を離れたならば、アラームが鳴る。さらに言えば、教室とは異なり周囲の目を気にすることもないので、手を上げての発言も多くなったという。

 いずれにせよ、コロナ収束後も振り子は元に戻らないだろう。一長一短があるにせよ、大学では対面講義とオンライン講義の二つのメリットを組み合わせた「ハイブリッド型講義」へ移行するはずである。例えば事前学修・事後学修はオンライン講義で実施し、教室での実習に備えておくのも一案である。教員の出張や自然災害などの場合にしても、オンライン講義を準備すれば、休講措置を取るまでもない。特記したいのは、引きこもりや学習障害、身体に障害を持つなど教室になじまない通えない学生たちへの学修機会を提供できる たことに皆が気づいたことである。ましてや一時的にせよ講義が教室から解放されたことで、教え方が上手くて質の高い講義を担当する者を求めて大学が世界を奔走し、 あのハーバード大学白熱教室マイケル・サンデル教授のような著名人をモニター上に登場させる可能性さえ有る。国の大学設置基準に守られてきた教員も、次第に安閑としていられない時が近づいてきた。

 思わず忘れそうになったが、201912月、全国の学校に高速大容量の通信ネットワークを張り巡らす「GIGAスクール構想」に着手した文部科学省にとって、コロナショックは追い風となった。Society 5.0時代に突入した日本において、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を融合させた「21世紀モデルの大学教育」への転換は必然である。

 

 

注)GIGAスクール構想とは、一言で言うと「高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備し、公正に個別最適化された創造性を育む学校教育」の実現である。

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