『続日本紀』宝亀11(780) 年5月甲戌条に 武蔵国新羅郡人沙羅真熊等二人の名前を見る。
「 従四位下、治部大輔興世朝臣書主卒 (中 略)、能く和琴を弾き、仍大歌所別当為、常会供奉、新羅人沙良真熊、善新羅琴弾」
没年:嘉祥3.11.6(850.12.12)
生年:宝亀9(778)
平安前期の官人。吉田古麻呂の子。百済系渡来氏族で,祖父,父共に侍医であったが,書主は早くから嵯峨天皇に寵愛されて左衛門大尉,左近衛将監などを歴任した。儒学に精通する一方,泳ぎや武芸にも秀でていたことから,武官に抜擢されたのであろう。和琴の名手としても知られ,新羅人沙良真熊から新羅琴を秘伝されている。和泉守,備前守としても名声を得た。承和4(837)年興世朝臣の姓を賜る。嘉祥3(850)年治部大輔となったが,山林に隠棲し仏道に専念,多感な生涯を送った。
(瀧浪貞子)
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