2024年10月28日月曜日

田川孝三先生のこと(改訂版)

 思い出す恩師

そのお一人に、田川孝三先生がいる。定年時の職種は、東京大学文学部専任講師。わずか3年の在職であった。それ以前は、東洋文庫研究員。中野のご自宅は質素な平屋建てであった。今でも。その道筋を思い出す。しかしその窓際の濡れ縁、今風に言えばサンルームであろうが、先生はそこに小さな机を置いて、勉強をなさっていた。愛蔵のご本はご自宅の奥の部屋から持参なさり、私は閲覧の供に預かった。
そして誰よりも恵まれたのは、九州大学に集中講義にお越しになった時の座談である。

①京城帝国大学予科時代の友人
②京城帝国大学法文学部朝鮮史講座在学時期ー・小田省吾・黒田幹一・ 近藤時司・名越那珂次郎・田中梅吉・児玉才三・津田栄・横山将三郎などの教授陣のエピソードおよび講義風景。そして後輩である森田芳夫先生等。
③京城帝国大学法文学部田保橋潔教授の助手時代
④朝鮮史編集会修史官補時代ー申奭鎬先生。今西龍先生。中村栄孝先生、稲葉岩吉先生等
⑤書物同好会
⑥朝鮮半島および旧満州への資料調査
⑦京城市内および朝鮮半島の観光・風土・民俗
⑧緑旗連盟、静和女塾(田川先生の奥様の母校)など
⑨朝鮮本
⑩編集会時代の国内外の資料調査エピソード
⑪京城時代の知人・友人

本当に愉快であった。こうした多岐にわたる談論ができる人はもはやいないだろう。

今からでも、その一つ一つのメモを紐解いて、記録しておくつもりである。

何よりも、後人による緑旗連盟(津田栄会長、津田剛主幹)の活動分析などは当時の植民地期朝鮮半島「帝国日本」を知らないが故の誤認・頓珍漢な議論なども多いように見受けられる。
 田川先生が明治町から京城帝大予科寮までの道のりで放歌高吟なさった予科寮歌はテープに録音済み

①名著『李朝貢納制の研究』。ーー田川先生のご研究の凄さは、注にあり。『李朝実録』に精通し、さらに各種文集を精読した研究の厚みは、余人をもって変えがたい。加えて、朝鮮王朝時代の漢字語彙の解釈は、田川先生ならでのお仕事。


②吉田光男著『東洋学報』 70ー3・4、 307-320頁、 1989年、東洋文庫参考のこと。

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