2026年2月8日日曜日

万葉集3351番歌「「苧麻の布の雪晒し」

 万葉集巻14、3351番歌は、次の通り、

筑波祢尓 由伎可母布良留 伊奈乎可母 加奈思吉兒呂我 尓努保佐流可母

筑波嶺に雪かも降らる否をかも愛しき児ろが布(にの)乾さるかも

[左注]右二首常陸國歌


本歌の説明をしておきたい。まず「筑波祢」の読みであるが、「TsuKu+Ha+Ne」。濁音「TsuKu+ば」ではない。筑波に関しては、割愛。

次に、歌の「にの(布)」は中央語「ぬの(布)」の東国方言。そして「降らる」にしても、本来「降れり(Fureri)」とあるべきだが、東国では「Furaru」となっている。

Fur+ia+ri⇒(ia⇒r)⇒Fureri

となるべき音の変化が「ia⇒r」ではなく、「ia⇒a」となり、狭母音の「i」脱落となっている。

さて、本歌を理解する上に、新井清氏の「古代詩歌に現れた精錬と漂白」(『奈良大学文化財学報』第2号、1-7頁、1983年)は必読論文である。

新井氏の論文に教わったことであるが、

まずは、苧麻栽培は南魚沼市HPを参考としてよいだろう。

栃窪集落の苧麻畑 - 南魚沼市

そして、『万葉集』3351番歌の「雪かも降らる否をかも愛しき児ろが布(にの)乾さるかも」に関する箇所は、

国指定重要無形文化財・ユネスコ無形文化遺産である南魚沼市の「越後上布」に関する情報を念頭に置くとよいだろう。

つまり、新井氏が指摘するように、「苧麻の布の雪晒し」の情景を思い浮かべて、歌を理解したい。

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<参考情報>

越後上布の雪ざらし - 南魚沼市

春の風物詩 越後上布の雪ざらし

朝のあかあかと昇て、玉屑平上に列たる水晶白布に紅英したる景色、ものにたとへがたし。
かかる光景は、雪にまれなる暖国の風雅人に見せたくぞおもはるる。
【『北越雪譜』 巻之中 縮(ちぢみ)を曬(さら)す】

雪ざらしをする様子

雪ざらしは、国の重要無形文化財「小千谷縮・越後上布」の指定要件の一つで、越後上布を製作する上で欠かせない重要な工程です。

冬の間に織り上げられた越後上布は、仕上げの工程にまわされます。

仕上げの工程では、製作過程でついてしまった汚れやシミ、糸を扱いやすくするためにつけた糊など落としながら、布を柔らかくし、布目を詰まらせる「足ぶみ」という工程が行われます。

その後、さらに白くする製品はよく晴れた日中、まっさらで平らな雪の上に広げます。この工程のことを「雪ざらし」といいます。雪ざらしは、太陽の熱によって雪が溶けて水蒸気になるときに、殺菌・漂白作用のある「オゾン」が発生し、これが布目をとおるときに化学反応が起きて繊維が漂白されるという効果を利用したもので、汚れやシミなどを落とし漂白し、柄をより鮮明に浮き立たせるために行われます。色や柄にもよりますが、1反の布を雪ざらしする期間は3日~10日程度です。

この雪ざらしは3月ころに行われる工程のため、古くから南魚沼地域のの春の風物詩とされてきました。

越後上布の里帰り

(写真)雪にさらされた上布

製品として人の手に渡った越後上布が、再びこの地に戻ってくることがあります。長年着用してしみついた汚れを、雪ざらしできれいにするためです。
これを、昔のひとびとは愛情をこめて「越後上布の里帰り」と呼びました。

長年着てしみついた汗ジミや、うっかり付けてしまったしょうゆジミも、雪ざらしをすることで不思議なくらいきれいに落ちます。
雪ざらしは、絹織物にはできない、麻織物ならではの天然のお洗濯なのです。

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なお、焼畑は「苧麻生産のインフラ」である。焼畑文化圏を背景にして、万葉集3351番歌理解が求められることに注目したい。



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