2026年2月8日日曜日

三木六男「奈良時代における絹生産の動向」『日本シルク学会』第18号、 83-90、2010年の紹介

 「 少しのことにも、先達せんだちはあらまほしき事なり。」とは『徒然草』第52段の一節。

かように、思い知らされたのが、三木六男「奈良時代における絹生産の動向」『日本シルク学会』第18号、 83-90、2010年をはじめとする一連の論文。やはり織物専門家の論文にご教示を仰ぐことなくして学問は進歩しない。

{奈良時代(八世紀)の絹生産の実態を知るた め、各地で生産,貢納された絹を調べた. 絹生産地は天平宝字年代中頃には関東から四 国・九州に分布しその数が40国を超えた. 生産された絹の主な品目は絁(あしぎぬ), 糸及び綿(真綿)の3品目で、その他の品目が ごく少なかった. 絹品目の中で単独生産が最も多いのは絁の 15 国(58%)で、3品目全部の生産地が越前,因 幡及び但馬の3国であった. 年間の絹の多量貢納は越中(綿),因幡(絁,糸, 綿),石見(綿)であった. 絹品目別の年間の絹の多量貢納は絁が参河, 糸が因幡,綿が越中であった. 桑の栽培は越中国射水郡の東大寺荘園の桑田 6 段270歩が唯一の桑園であった. 養蚕規模は越前国江沼郡の課口10人と12人 の集落の庸綿量40kgと30kgから収繭量80 kg と90 kg を算定した. 」(同上論文、89頁


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