白河紀行 飯尾宗祇
つくばの山の見まほしかりし望をとげ、黒かみ山の木の下露にも契を結び、それよりある人の情にかかりて、塩谷といへる処より立出侍らんとするに、空いたうしぐれて、行末いかにとためらひ侍りながら、立とどまるべき事も旅行ならびは打いでしに、案内者とて若侍二騎道者などうちつれ、はるばると分入るままに、ここかしこの川音なども袖の時雨にあらそう心ちして物哀れなり。しるべの人も両人はかへりて、只一人相具したるもいとど心ぼそさに、那須野の原といふにかかりては、高萱道をせぎて、弓のはずさへ見え侍らぬに誠に、武士のしるべならずば、いかでかかる道には命もたえ侍らんとかなしきに、むさし野なども果なき道には侍れど、ゆかりの草にもたのむかたは侍るを、是はやるかたなき心ちする。枯たる中より篠の葉のうちなびきて露しげきなども、右府の詠歌思い出られて、すこし哀なる心ちし侍る。しかはあれどかなしき事のみ多く侍るをおもひかへして、
歎かじょ 此世は誰も うき旅を 思ひなす野の 露にまかせて、
同行の人々も思々の心をのべてくるほどに、大俵といふ所にいたるに、あやしの民の戸をやどりにして、柴折りくぶるなども、さまかはりて哀もふかきに、うちあはぬまかなひなどのはかなきをいひあはせて、泣きわらひみ語りあかすに、事かなはぬ事ありて、関のねがひもすぎがたきに、あるじの翁情あるものにて、馬などを心ざし侍るをこしかかりて悦をなして過行に、よもの山紅葉しわたして、所々散したるなどもえんなるに、尾花浅茅もきのふの野にかはらず、虫の音もあるかなきかなるに、柞原などは平野の枯にやと覚侍るに、同行みなみな物がなしく過行に、柏木むらむら色づきて、遠の山本ゆかしく、くぬぎのおほく立ならぶも、左保の山陰大川の辺の心ちして行ままに、大なる流のうへにきし高く、いろいろのもみじ常盤木にまじりて物ふかく大井川など思い出るより、名をとひ侍れば中川といふに、都のおもかげいとどうかがひて、なぐさむ方もやと覚えて此川をわたるに、白水みなぎり落て、あしよはき馬などはあがくそそぎも袖のうへに満ちて、万葉集によめる武庫のわたりと見えたり。それより黒川と云川を見侍れば、中川より少しのどかなるに、落合たる谷川に紅葉ながれをせぎ、青苔道をとぢ、名も知らぬ鳥など聲ちかき程に、世のうきよりはと思ふのみなぐさむ心地し侍るに、はるけき林のおくに、山姫も此一本や心とどめけんと、いろふかくみゆるを興に乗じてほどなく横岡といふ所に来れる。ここも里の長をたのみ峰の松かぜなど、何となく常よりは衰ふかく侍るに、このもかのもの梢むらむら落ばして、山賎の栖もあらはに、麓の澤には霜がれのあし下折て、さをしかのつまとはん岡べの田面も、守人絶てかたぶきたる庵に引板のかけ縄朽残りたるは、音するよりはさびしさ増りて、人々語らひ行に、おくふかき方より、ことにいろこくみゆるを、あれこそ関の梢にも侍れと、しるべのものをしへ侍るに、心空にて駒の足をはやめいそぐに、関にいたりで中々言のはにのべがたし。