2026年1月7日水曜日

『日本書紀』に見る685年の噴火記事は浅間山か?

浅間山は群馬県と長野県の境に位置する火山である。浅間山といっても富士山のようにコニーデ型(円錐形)の独立峰ではなく、浅間火山の西方には高峰~籠ノ登連峰から連なる烏帽子火山群がある。

(参照)浅間山の地形図 国土地理院発行の5万分の1地形図(小諸、御代田、上田、軽井沢)及び数値地図 50mメッシ ュ(標高) 出典:気象庁「活火山総覧 第4版」 https://www.data.jma.go.jp/vois/data/tokyo/STOCK/souran/souran_jma_hp.html 

この浅間山に関して、爆発型(ブルカノ式)噴火の記録が多数残されている。

『日本書紀J天武天皇14年(685)条に,「14年春~~3月~~是月、灰零於信濃國、草木皆枯焉」

この記事には、浅間山などの山名が明記されていないために、信濃国で発生した自然災害(「草木皆枯」)の原因は特定できないが、「灰」とある以上、火山の噴火を想定できよう。季節は春3月。信濃国一帯に春の芽吹きを感じ、一瞬にして自然環境が一変したと想像できる。

だからといって、十分に可能性を残しつつも、その噴火した火山が浅間山であると即座に断定できないと考えたい。浅間山の噴火であれば、その噴煙は偏西風に乗って、信濃国ではなく、信濃国の東に隣接する関東地方、特に上野国・下野国などに灰を降らすからである。

以下は、

第1章 天明3年浅間山噴火の経過と災害 - 内閣府防災情報

に依拠して記述を進めて行きたい。

まず浅間山の有史以来の大規模な火砕噴火は3回あり、700年程度の間隔で噴火を繰り返してきたらしい。その最大規模の噴火は天仁元年(1108)のそれであった。その3回のうちの一つである天明3年(1783)噴火は古記録を豊富に残しており、噴火の経緯と堆積物の分布を知るに重要な資料である(萩原進編集『浅間山天明噴火史料集成』1~5,群馬県文化事業振興会、1985年~1995年。国立国会図書館のデジタル閲覧)。

内閣府資料13頁以下には、その天明3年噴火の噴出物の到達範囲図が掲載されているの詳細はそれをご覧いただくこととする。

ここでは、天明3年噴火における降灰は浅間山から200㎞圏内の江戸や佐渡海海岸にも及んだものの、浅間山山麓は別としても、浅間山から西方の地域に生態系や農耕地に壊滅的被害を与えた資料は見当たらない。

いや、天明3年噴火記録は参考に値しないと主張する方がいれば、それで話は終わる。

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684年11月29日に発生した白鳳地震が、記録されている最古の南海トラフ地震との関連を取り上げたい。しかし別の機会に譲る。

典拠:災害の歴史 No.13 白鳳地震(684年11月) – 一般社団法人災害防止研究所

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