地名において、「英」を「エ」「エイ」ばかりで なく「ア」と訓む例がある。
『倭名類聚抄』古活字本には、
巻5・国郡部第12・東海郡第61・志摩国・12丁裏4行目 英虞[阿呉]
とある。今に至る志摩国の英虞 郡・英虞湾である。
そこで、『倭名類聚抄』に「英」を探してみると、次のように、「あ」と読む例が
巻5・国郡部第12・山陽郡第65・播磨国・22丁裏9行目 英多[安伊多]
巻5・国郡部第12・山陽郡第65・備前国・23丁裏2行目 英賀[阿加]
巻6・国郡部第12・伊勢国第74・鈴鹿郡・11丁裏7行目 英多[安加多]
巻6・国郡部第12・伊勢国第74・安濃郡・12丁表4行目 英太[阿加多]
巻6・国郡部第12・伊勢国第74・飯高郡・12丁裏6行目 英太[阿加多]
巻8・国郡部第12・播磨国第111・餝磨郡・11丁表3行目 英賀[安加]
巻8・国郡部第12・播磨国第111・餝磨郡・11丁表4行目 英保[安母]
などの地域に見出せる。
さて、Bernhard Karlgrenが『英』に与えた古代漢字音(上古音)は、
上古:ʔaŋ(または ʔjaŋ) 中古音は 中古:ʔjæŋ(または ʔjɛŋ)〔於盈切〕 と復元される。
つまり、カールグレン体系では
声母①上古:ʔ-
②中古:ʔ-(影母)
韻母
①上古:‑aŋ(鼻音尾)
②中古:‑jæŋ / ‑jɛŋ(庚部三等)
等
・三等(介音 j-)
開合
・開口
声調
・平声
したがって、「英」は
・ʔjæŋ(または ʔjɛŋ)〔於盈切〕→ei→e→a
庚部の鼻音尾消失 → 二重母音崩壊 → 母音後退 → “ア”
の流れを想定できる。それゆえに、一方で、「英」を「え」と読む例も見いだせる。
巻7・国郡部第12・加賀国第98・加賀郡・22丁表1行目 英太[江多]
巻7・国郡部第12・信濃国第91・埴科郡・8丁裏4行目 英多[衣太]
これを踏まえて、一つの仮説を提示するならば、朝鮮半島系渡来人の「英」の漢字音が「ei」であったが、日本国内で「ei→e→a」へと変化したのではないか。ただし、まったくエビデンスのない仮説であり、完全に信頼がおけない。
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