2023年6月2日金曜日

大田南畝の旧居は新宿区

 大田南畝の旧居は

☆新宿区牛込北町41番地


その場所に、硯友社があり、紅葉が住んでいたとは、偶然か。


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椿|田山花袋

文学と神楽坂


 読賣よみうり新聞しんぶんで、露伴ろはんの『ひげをとこ』と紅葉こうえふの『伽羅きやらまくら』とを同時どうじ掲載けいさいする計畫けうくわくてたのは、あれはたしか二十三ねん春頃はるごろだつたとおもう。りやう花形はながたうでくらべをするといふので、それは非常ひじやう評判ひやうばんであつた。何方どちらうまいか、何方どちら成功せいこうするか、かうしたこゑいたところきこえた。わたしなども、まちかどおほきくてゐる看板かんばんて、その名聲めいせいにあこがれたまづしい文學ぶんがく書生しよせいの一にんであつた。
 紅葉こうえふは『伽羅きやらまくら』を牛込うしごめ北町きたまちうちいた。太田おほた南畝なんぼ屋敷やしきなかだとかいふおくまつたちひさなうちで、うらにはおほきなかしかさのやうになつてしげつてゐた。八でふまへにはには、木戸きどがついてゐて、そこから、硯友社けんいうしや人達ひとたちは『るかい』などとつてはひつてた。
 北町きたまちとほりわたしその時分じぶんよくとほつた。そのちひさなもんに、尾崎をざきいた表札へうさつがかけてあつて、郵便箱いうびんばこには硯友社けんいうしやいてあつたのをいまでもはつきりと記憶きおくしてゐる。やがて讀賣よみうりふたつのさくは、何方どちら人達ひとたちこゝろいた。『ひげをとこ』はこと評判ひやうばんがよかつた。『流石さすが露伴ろはんだ!』といふこゑ彼方此方あつちこつちからきこえた。それにもかゝはらず、露伴ろはんは五六くわいふでつて、瓢然へうぜんとして、赤城あかぎ山中さんちうかくれた。『伽羅きやらまくら』は百くわいぢかつゞいた。

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