2026年5月29日金曜日

釜山倭館の運営経費の捻出(未定稿)

 メモ

(1)   倭館(1678年:延宝6年)前後の時代の動き

(2)   巨額の建設費を要する倭館設置に同意した朝鮮側の動機

(3)   日本側の必要性――朝鮮貿易による積極的な利潤追求と藩財政の健全化

1、藩主の参勤交代の費用捻出

2、江戸屋敷・大阪屋敷・長崎屋敷の運営費

3、3万石でありながらも、10万石の藩格

4、 

 東大史料編纂所蔵「貞享元年より正徳元年迄、朝鮮貿易利潤積帳」

貞享元年(1684)――3559貫余り

貞享2年(1685)――6423貫余り

貞享3年(1686)――9687貫余り

貞享4年(1687)――11400貫余り

<交易品>――畿内上方市場と長崎市場からの購入品・中継貿易

鑞・銅――大阪和泉屋

狐狸皮や小皮――堺の三好九郎左衛門

丹木・胡椒・多葉粉・水牛角――長崎へ渡来した南蛮輸入品

 

1、日本国内での人参販売不振

2、米不足による藩の借銀増加

3、朝鮮通信使来聘による大出費

4、糸反物値段の安値傾向

5、銀山開発の不振

6、藩財政の悪化による安値で悪質な物品を購入したために、朝鮮側の信用をなくして、取引拒否をされたため

7、朝鮮商人への売掛代金の滞納

    売掛金は、800貫匁。慶安5年(1652)に、270貫匁を人参500

0斤で受領。公木(木綿)300同(1同は40石)

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