メモ
(1) 倭館(1678年:延宝6年)前後の時代の動き
(2) 巨額の建設費を要する倭館設置に同意した朝鮮側の動機
(3) 日本側の必要性――朝鮮貿易による積極的な利潤追求と藩財政の健全化
1、藩主の参勤交代の費用捻出
2、江戸屋敷・大阪屋敷・長崎屋敷の運営費
3、3万石でありながらも、10万石の藩格
4、
東大史料編纂所蔵「貞享元年より正徳元年迄、朝鮮貿易利潤積帳」
貞享元年(1684)――3559貫余り
貞享2年(1685)――6423貫余り
貞享3年(1686)――9687貫余り
貞享4年(1687)――11400貫余り
<交易品>――畿内上方市場と長崎市場からの購入品・中継貿易
鑞・銅――大阪和泉屋
狐狸皮や小皮――堺の三好九郎左衛門
丹木・胡椒・多葉粉・水牛角――長崎へ渡来した南蛮輸入品
1、日本国内での人参販売不振
2、米不足による藩の借銀増加
3、朝鮮通信使来聘による大出費
4、糸反物値段の安値傾向
5、銀山開発の不振
6、藩財政の悪化による安値で悪質な物品を購入したために、朝鮮側の信用をなくして、取引拒否をされたため
7、朝鮮商人への売掛代金の滞納
売掛金は、800貫匁。慶安5年(1652)に、270貫匁を人参500
0斤で受領。公木(木綿)300同(1同は40石)
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