島津義弘が連れ帰った朝鮮人たちの史実は、改めて説明するまでもない。
苗代川研究は大武進氏らの手で進展したので、本稿では再論するまでもない。
1704年(宝永元)薩摩藩は苗代川の朝鮮人陶工の家門の、戸数34、男女160余名を笠野原へ移転させた史実に関しては、ここでも割愛する。
ここでの問題関心は、1866年(慶応2年)ごろに、戸数80、男女350人余りを、笠之原から隣村大姶良村萩塚原(鹿屋市萩塚町)に移したことにある。苗代川・笠野原に続き、ここ萩塚原にも「玉山神社」が祭られている。
- 神社名:玉山神社
- 神社名カナ:タマヤマジンジャ
- 鎮座地:〒893-0023 鹿屋市笠之原町2124
- 例祭日:旧二月十四日 旧八月十四日
- 通称:玉山宮(オクサング)
- 旧社格:村社
- 神紋:
- 摂末社:2
- 社宝:
御祭神
- 素佐之男命(スサノオノミコト)
神事・芸能
旧八月十四日~神降しの神事・巡幸祭 司人(現在は氏子総代)を任人として秘伝のの祓詞・御戸開・餅返・降神の呪文(祝詞は和文ではなく、異国の言葉である)による神降しの神事を行い、神託により集落内を巡幸する。
由緒
宝永五年、日置郡美山鎮座の玉山神社を勧請して創建された。豊臣秀吉の朝鮮出兵の折り連れ来った焼物師が奉斎したものである。祭神は韓国開祖檀君であったが、明治になって素佐之男命に改められた。
(2)玉山神社
- 神社名:玉山神社
- 神社名カナ:タマヤマジンジャ
- 鎮座地:〒893-0035 鹿屋市飯隈町3081
- 例祭日:十一月二十三日
- 通称:
- 旧社格:村社
- 神紋:
- 摂末社:
- 社宝:
御祭神
- 天照大神(アマテラススメオオカミ)
由緒
島津家久公が日置郡苗代川の御焼物所へ下向の折り、帰化高麗人の信仰する氏神を質された。朝鮮開祖の檀君を祭っている旨言上したところ、天照大神並びに素戔鳴尊を祭るようにと申されたため、二柱を祀る玉山宮を創建し、殖産興業の祖神、武神とした。当神社は、この玉山宮を勧請したものである。
明治十年の祭神・社格書上の折り、玉山神社と改めて無格社に編入され、昭和七年三月二十五日村社に列格された。
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