「旧8月14日~神降しの神事・巡幸祭 司人(現在は氏子総代)を任人として秘伝のの祓詞・御戸開・餅返・降神の呪文(祝詞は和文ではなく、異国の言葉である)による神降しの神事を行い、神託により集落内を巡幸」
玉山神社 よりの転載
笠野原の玉山神社は、宝永5年(1708)に薩摩国日置郡美山の玉山神社を勧請して創建された分社である。美山(旧・苗代川)は朝鮮陶工の居住地であり、同地の玉山神社で檀君信仰を祭っている。
そのため笠野原でも、
檀君を祀る信仰体系の、苗代川から笠野原への移植
朝鮮系の呪文を含む降神儀礼
が始まったらしい。
<参考情報>
「笠野原台地」は,「肝属川」本流と支流である「串良川」の間に挟まれた,東西の最大幅が約12km,
南北の最大幅が約16kmという,九州地方で最も広大な「しらす(シラス)台地」です。
しらす(シラス)は,元々鹿児島地方での方言で,正式には「入戸(いと)火砕流堆積物(非溶結部)」と言います。
入戸火砕流堆積物には,溶結部と非溶結部がありますが,しらすは非溶結部のみを指します。 すなわち,細粒の軽石や火山灰の混合物で構成されていま
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