偶然に止目した古文書に、高麗・朝鮮鐘の銘文があった。
現在、どこに所在するのか不明だが、鐘の銘文だけが残されている。
その鐘に刻印された銘文を見ると、鐘が鋳造された年を明徳5年とあり、その前後は高麗滅亡(1392)後、李成桂政権への政治権力移行期にあたるだけでなく、明徳5年(1394年)は、日中朝三国すべてが「新しい秩序」を固めていく節目の年であった。
0 件のコメント:
コメントを投稿