とかく鎖国という。確かに国を閉ざしていたのも事実である。
しかしながら、下記の漂流事件の場合、
*「好風にまかせ出帆のよし承る」(南畝「半日閑話」巻6,全集188-189頁)
とあるように、規則通りに長崎経由で中国に帰国する舟ばかりではなかった。
つまり幕府にも、地方役人の許可もなく、そっと帰国する例は、日本でも朝鮮でも存在した。
無論、在地の人間たちにとって厄介者であり、加えて保護中の生活費、さらには長崎までの移送費などは馬鹿にはならない。だから、厄介者を追い払いたかったかもしれない。
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